『全ての場合を通じて、恋愛は忍耐である』
(荻原朔太郎)





≪昼 執務室≫

「……ということで、エドワード君たちは明後日こちらに着きます。それまでに書庫の閲覧許可を欲しいそうです」
「…………ああ――」

副官が淡々と今日のスケジュールを読み上げるようにそんな事を告げてきたのは、昼過ぎ。
ああ、そういえば昼食に出かけるときに1本電話が鳴っていたか…。
その時、なんだか緊張が一瞬走って通り抜けようとしていたオフィスをさっくり追い出されたっけ。
コレクトかけさせて、公費で長電話くらいいじゃないか。
どっかの誰かなんぞ、どうどうと本部から掛けてくるというのに。
ああ、最近心が枯れてきたよ。

【電話に出させてもらえない】


「で、何時頃着くと?」
「お答え致しかねます」
「………え?」
「大人しく司令部でお待ちください。それまでの時間は有意義に職務をこなしていただきます」

【ついでに、部下に隠し事もされる」






≪夕方 執務室≫

「よう!大佐相変わらず仕事溜めてるか!?」
「大概失礼だね君…」

結局夕方近くなってやってきた兄弟。なんだか騒がしくなってきたなと、思っていたら前触れもなくドアが盛大に開けられて、夢にまで見そうになった姿を確認して、ざっと見た限りでは怪我もなさそうなので安心する。
後ろで弟が申し訳なさそうにしているが、そんなことはもう許容範囲以前の問題で、ノックなり誰かを通すとかそんな殊勝なことをされる方が気になるほど、定着している。

「元気にしていたかい?最近は大きく立ち回ってないようだから安心して、い…た…」
「書庫の鍵頂戴」
「離れていた分の心のキャッチボールをしようと思わないのかね」
「俺達は忙しいの。鍵」
「………」

金色の頭の向こう側に追加書類を持った副官が立っている。
しぶしぶ鍵を出して、渡す時に少しでも手に触れておこうかななんて、青いことを考えていたのに

「サンキュ!」

ひったくられた。
そのまま、走っていかれた。
 
「本日中にお願いします」

あとほんの数枚だった未処理の紙が数十倍になった。


【愛が一方通行空回り】






≪終業前≫

「コレで最後か…」

精も根も注ぎ込んでなんとか終業定時までに全て裁決し終わると、それを手にオフィスに向かった。
ぼーと、あと1回針が動くのを待っている輩が大勢居た。

「あ、大佐。お疲れっすー」

カップのコーヒーを最後の一口まで啜りきって、手を上げたハボックよりもその隣に座っているちっちゃいのに目が行く。
「おー、おつかれー」と笑っている。手にトランプのカードを広げて。

「何やってるんだ貴様たちは」
「大佐の裁決待ちに決まってます」

そのちっちゃいのの更に隣、鎧の弟の影で見えなかったが同じ様にカードを持った副官が冷たい声で言った。
ぐうの音も出ない。痛恨の一撃だった
その他部下達もその円の中にいる。


【独りだけ仲間はずれ】


「鋼の、夕食にでも行かないか?」
「あ、ごめん。これからみんなで喰いにいく」

いつの間にかそういう話になったらしい。周囲にはニヤニヤと笑ってるやつ、居た堪れないような顔押しているやつ、なんとかフォローを入れようとしてくるやつ…
ちっちゃいのの肩に手を回して、美しく微笑んでいる女性
……豆はアイドルだった

「大佐もいらっしゃいます?」
「じゃあ、一番稼いでるしおごりな!!」

上がる歓声に泣きたくなった。


【終業間際に小火騒ぎ】






≪なんだかんだ自宅≫

「こら、鋼のそんな薄着で…湯冷めして風邪でも引いたらどうする?」

朝まで麻雀に借り出された弟に許可も取り付けて、副官のお許しも得て何とかお持ち帰り。
タオルを渡してシャワーに放り込んで、その間に集めておいた文献をリビングのテーブルに並べておくと、案の定出て来たとたん飛びついた。
無邪気な笑顔で「ありがとう」と言われてしまっては、何もいえない。
仕方ないなと笑って、ソファに掛けた後ろから濡れたままの髪をタオルで拭いてやって、乾かして梳った後自分もバスルームへ行った。
何か上着を着なさいといっておいたが、結局そのままの態勢で読みふけったらしい。

「鋼の」

微動だにしない肩に手を掛けるとそのまま、ぐらりと傾いた。
反射的に逆の手で支えて、顔を覗き込むとすーすーと規則正しい呼吸音。
そういえば、昨日から1日中列車に詰まっていて、ゆっくり寝ていないとか言っていたか……。
起こそうにも、目の下に薄っすら熊まで浮いているのにそこまで人でなしにもなれず。


【予想どうりにおあずけ】

抱き上げて寝室に向かう。ベッドに下ろすと、ひんやりとしたシーツがお気にめさなかったのか擦り寄ってくる。
それはこれでいいかもしれない――-――。
コレくらいは許されるだろうと、金の髪を書き上げて額に唇を落とす。
起こさないようにゆるく抱き込んで、照明を落とした部屋で自分も目を閉じる。


【……よかった、まだ忍耐は残っていた】






ぎゅっと握られたシャツ。その手を自分の手で包みながら思った―――――。







まだまだ続く忍耐の日々