ねえ、知ってる?

ちゃんと、解ってる?








         Oneside Lovers  









「…兄さん、いいの?」


図書館に詰めていたある日、珍しく気も漫ろな弟が、彼の煮え切らない態度に切れた兄に詰め寄られポツリともらした。
また腹に猫でも飼っているのかと予想を立てていたエドワードは、その予想外かつ難解な言葉に、勢いを削がれ首をひねった。

「何が?」

いくら我等ツーカーの仲の輝く絆も美しい兄弟だと言っても、流石に今のは分からないぞ。弟よ?
また言いにくそうに、もじもじとしている弟を急かしても一向に答えは返ってこない…。

「…だって、司令部行ってないじゃない?夜も宿にいるじゃない」
「……」

漸く口を割らせて、すっきり解決したはずなのだがなんだろう、この遣る瀬無さは?
前者は事実として取るとしても、後者はなんだ…いや、どういう意味だと聞いた時点で自分は負ける。
弟にではなく、何かに負ける気がする。
ここは兄として、情操教育を見直すべきだろうか?




「いいんだよ。あ、このレポート書けたら帰りに寄ってもいいけどな」

考えた末にエドワードは綺麗に笑って、そう言った。

少し前までの兄の反応をされたら、ここぞとばかりにからかうかひやかすか
独り者の弟として、正統な反撃をしようと思っていたのだが、どうも調子が狂う。

最近兄がおかしい。
何がどうというわけではないけれど、ちょっと違う…
だって、『大佐』の話をだしても何の反応もない。いや、本人にこの事を突き詰めれば確実に殴られるだろう。
痛くはないが、鎧がへこむのは勘弁してもらいたい。悪戯に磁石でも背中かどこかに付けられでもしたら最悪だ。
あの磁力を帯びている状態は本気でいろいろ困る。



イーストに来て既に5日。
この5日の間、東方司令部の例の大佐。ロイ・マスタングと兄は一度として会っていない。たぶん、電話もしていない。
喧嘩中かといえばそうでもなく。
本当にニアミスだったり、随分不運な偶然に邪魔されていたりする。
相手の会議中だったり、出張だったり、または自分達が出ていたり。
いつどうやって、そうなったのかは知らないが2人がそういう仲なのはなんとなく気付いていた。
兄はその方面ではリアクションキングなのでともかく、相手があえて隠そうともしていなかったからだろう。
少し前までの、突付いたときのあの慌て様は我が兄ながら微笑ましかった。
相手にも、まあ納得したというか。しょうがないというか、どうしようもないというか。
泣かせたら、それ相応の報復はあの金髪美人の某最強中尉にも手伝ってもらうつもりで、いつも弟の自分の事ばかり考えている兄の幸せを、少しの寂しさと共にそっと願った。

そのモデル新婚さんがちょっとおかしい…。



今日、この後司令部に行くのならこっそり少尉たちに相談しよう。















「……という訳なんです」

太陽の落ちる前に司令部にやってきた兄弟を迎えた軍人達は、鎧君の人生相談に乗っていた。
兄をなんとか仮眠を取って来いと追い出し、馴染みのメンバーに打ち明けた。

「いや、でも。大佐はいつもどおりだよ…だよな?」

ハボックがタバコを齧りながら、他のメンバーに語尾を振る。しかし皆も同意見らしく、頷く事で同意を示す。

「毎日何部も新聞読み漁って、国中の事件はほとんど把握する勢いですし」
「あー、他にその情熱向かないかね…。電話には多少なりとも必ず、身体が反応するしな」
「連絡が無ければ不機嫌ですけど…」
「何より、書類がいつもどおり溜まっている!そして、今はやっぱり綺麗さっぱり片付いている!!」

大佐のデスクは持ち主の機嫌を表す。
心に余裕があれば書類も溜まる。迷惑な話である。
否、紙が入る隙間もないほどエドワードで埋まっているのか…


「別れた…って事は………」

「無い…よな」
「無い…だろう?」
「無いです…よ」
「無いでしょう?」
「あるわけが無いだろう!」

四者四様。同じ言葉が帰ってきた。

「え…と。あれ?」

ハボック、ブレダ、ファルマン、フュリー…と

「愉しそうな話をしているじゃないか?」

片手を挙げて、本日の営業スマイルを浮かべて軍人四人の後ろに、渦中の人が、居た。
四人が青くなっている中、軍人四人の後ろに気配も気取らせず、まあよくもとアルフォンスは別のところに感心する。

「で、なんでそこで別れ話になるのかね?」

釈然としないように、手近にある椅子を引き寄せながら彼は問うた。
そりゃそうだろう、このメンバーで部屋の隅で話し合うことなど、この男にとっていい話だったためしが実は、無い。
近寄ってみれば、案の定何処から掘って来たのか、別れ話につながった。主語なんぞ無くとも話の流れ的に、誰と誰かは予想どころか確定だ。

「違うんですか?」
「違うともさ」
「え…と、じゃあなんで?」

至極当然のように腕を組んで、胸を張って返されてしまった。
そして、その問いの後に、自分達dも見ほれるように目の前の男は笑んだのだ。

(あ…昼間、兄さんもこんな風に……)


「ほら、あなたたちはまだ仕事終わってないでしょう?」

そこで、答えが返ることは無く変わりに奥の扉からホークアイが絶妙のタイミングでやってきた。
そして、見ればまた四人は顔の色を変えている…。

「すいません。僕のせいで…」





「大佐は、もう上がっていただいても結構ですよ。本日の書類は全て受理されましたので」
「あ、兄さんなら寝るって言ってたので。仮眠室に」

ひらひらと手を振って消えてゆく、兄の上官を筆頭に散ってゆく軍人達を見送っているとホークアイにぽんと肩を叩かれた。

「知っている事と、理解することは違うでしょう?」
「えっと…?」
「ちょっと、違うかもしれないけれど。新婚さんは、何時か熟年夫婦になるって事じゃないかしら?」


にこりと微笑むホークアイを見下ろして思った。



結局、あてられていた。













そして、オフィスを後にしたロイはまっすぐに自分の執務室に向かっていた。
アルフォンスから、ずいぶんいいことを聞いた気がする。
廊下を歩きながら、知らず緩んで居るだろう頬を片手で隠す。
いつも、負けている自覚はあるが今回ばかりはたまらない。

たどり着いた執務室。
先ほどのように、気配を消すわけではなくけれど音は立てないよう、静かに夕闇に沈んだ部屋へ身を滑らす。
もう、光源無しには覚束ない視界も不自由ではなく、応接セットのソファにこんもりとした膨らみを見つけると。ふわりと微笑む

触れれば、規則正しく上下する様がリアルに感じ取れる。
そのまま滑らせれば、冷えた頬に行き当たる。
無駄話に付き合っていたからなと、罪悪感がせり上がって来るが、こうやって此処に居てくれたことの喜びが強い。
寒かったのか、包まっているのは自分の黒のコート。
言えば怒るが、彼が着るには随分余るそれは掛け布には丁度良かったかもしれない。
起きる素振りの無いエドワードを腕に抱き込むと、身体を反転させて振動が彼に伝わらないように自身もソファに身を沈める。

そして、しっかりと抱き寄せると胸に頭を寄せ髪を梳く。

『君は、私が君の事を愛している事、本当に理解しているのかい?』

何かにつけ、「今日は誰かとデートの約束はなかったのか?」そのた諸々。自業自得とはいえ、余りにも恋人に対する言葉としては辛辣ではあるまいか?
それまでは甘んじて受け流していたが、その日は何故か言い返した。
というか、―――反論せずにはいられなかった

連絡の無かった期間が長かったからか、これまでは彼らの足取りのように各町で小さくても起こる事件を安否確認にしていたのに、それすら為りを潜めていたからだろうか。
どうしようもなく、焦燥感ばかりが募る夜に突然なった自宅の電話。
宿ではなく、公衆電話だろう。背後には夜の静けさしか感じ取れなかった……。
嬉しかったけれども、彼が一人でする夜歩きに気が散った。何かあったらどうするつもりなのだろう?

その夜に、電話口で言ったのがその言葉。
勤めて平静であろうとしていたけれど、多少の怒気は孕んでいたであろう自覚はある。

彼が寄せてくれる好意は、間違いの無い物だと分かっているのに。自分のそれを彼がちゃんと解っているのかが謎だった。
もちろん、ギブ&テイクで成り立つようなものではない。等価交換、与えられたから与えるような類の物ではないのだが…。
そして、明らかにエドワードは自分との間に距離を置いた。周りにどう映っていようと、ロイと少年との距離は開いた
後見として、気持ちを見てみぬ振りをして互いに手札を隠したままの状態より、なお悪い。
ある種情報として、自分が彼を想っていることを知られている以上、追い詰めるような事をするのは逆効果であろう事は容易に想像がつく。
結局、感情に彼自身の想いが付いて来なければ意味がない。なまじ、頭がよすぎたのが悪かったのか、モラル、一般常識そんな物もちらついていたのだろう、自分はもう随分昔に吹っ切った物なのだが…この場合、たちが悪いのはロイ自身か…。
これ以上、離れていかれては流石に自分も参る。

そして、結局なんの捻りもなくストレートに言葉をぶつけた……。

その後の、沈黙は痛すぎるほどに痛かったのだが。
『……ごめん』と、呟いたエドワードの小さな声はしっかりと聞き取った。
抱える不安を知らないはずがない。

ロイだとて、不安が無いわけではない。勿論、世間一般の道徳だとかそんなものから、彼の安否に、まだ幼いほどに若いエドワードの心の機微…
どうしようもないと、割り切る事にした。結局、これだけの年数を生きて生きて、始めての恋なのだと自覚してしまえば、その不安すら愛しいものなのだと思える。
――――だから、この心労を甘んじて受け入れるのかと問われれば、出来うる限り大人しく、平穏に旅をしてほしいと想うのだが…。

そして、その夜から。何度か、同じように深夜に電話は鳴った。
少しずつ、心にたまった物を吐露する様に零れてくる言葉を全て拾った。
そうやって、距離を詰めてゆくしかないのだから。



―――今は

一緒には居られない。
同じ道を歩いてはいられない。


だからこそ、いつ何時でも
想われているのだと信じられる強さが欲しかった。



けれど、いつか………。




「けれど、逢える距離に帰ってきているというのに、こののんびりした態度は些か寂しいねえ……」


額に唇を落として、上着をしっかり掴む素手を撫でて
もう少しだけこうしていよう。


「……愛してるよ」


髪を解いて、冷えないようにコートで包みなおす。
いっそう強く上着を握られ、笑みは濃くなるいっぽう。







――――――……知ってる







呟いた言葉が相手に伝わったかどうかは、絡まる指先だけが知っている事。



                                                fin



このバカップルどもをどうにかしてください!(お前が言うな)

…えっと、偶にはいちゃついて(一方的に)欲しかっただけです(!?)
寒い感じに滑ってますが。
想われてると強くなれるよって話?…;
いつものごとくあまり要領を得ないなあ;