+ + Reason







身体のいたるところに痺れに近い疼きを感じて、その瞬間意識が急激に浮上した。
起きているのに、感覚がない。
手を動かそうとしたものの、ぬるま湯に浸かっている様な篭るような煩わしい温もりをもった手は意思の通りに動かない。
何よりも重い目蓋を押し上げて、霞む視界を瞬きで回復させながらぼんやりと思い起こす事は、自分が此処に運ばれる以前のこと。


自分はやったのだ―――


湧き上がる達成感は無かった。
どこか空虚な心を持て余して、思考を止めていた脳がそれでも最初に思い起こしたのは鮮やかな金。
口元を歪めて自嘲する。
生きている……。




逢いたいな。


と何故か空っぽになってしまった心に、自分の声が響く。


薄っすらと光を与えるのが、銀に近い月光であったからだろうか。
こんな夜、あの美しい金糸は解けて消えそうなほど儚いその光に染まって流れる。
ああ、太陽だけではなく月にまで愛されているんだね。
なんて、言ってみれば呆れたような声が腕の中から返ってきた。
飽きることなく指を絡ませながら、白い光が強くなるまでずっと見つめていた寝顔。






ぼんやりと焦点の定まらない目を空に泳がせながら、ただ心のままに想う。

自分は此処にいる。
では、彼は彼らは無事だろうか?
夢を捨て、信頼を裏切るような事をしたのに、付いてきてくれた戦友とも呼べる部下達。
何もかもを投げ出してしまったのに。

外は静かだ、夜の喧騒は遠く耳に痛い静寂が耳に響く。
ばらばらだった思考がが戻ってくるのが分かる。

ここは戦場ではない、焦る必要はないのだから。
ゆっくりと息を吸うと、鼻を突く独特のゴムのにおいと消毒液。被せられた酸素マスクを首を振って何とか外すと胸が大きく上下するほど酸素を取り込んでみる。
急に大量に流れ込んできた冷たい空気に肺がむせた。
それでも気にせず、無理やり荒い呼吸を繰り返す。

生きているのだと、納得するまで。





きっと死ぬのだと。
思っていた。
死にに行くのだ決めていた、そこにいる友にどれほどなじられる事になろうともそれでいいのだと思っていた。
一つだけ、たった一つだけどうしても手放したくないものがあったけれど、それもお互い納得してその手を離した。
一緒に行こう、とずるい心がその手を伸ばしたけれど、取る事も無く拒絶する事も無く別の道を示された。

分かっていただろう?と
きっと、いつかどうしようもない時が来ると。
その時が来たら、きっとお互いの手を振り払ってでも進まなくてはいけないんだと。
自分が納得した道を歩くのだと。言葉にせずともお互い解っていた。



『いつかきっと傍に立つ』

小指を絡めて交わした約束の、なんと脆い事か。
それでも、それに縋りたい。
一つを手に入れれば次が欲しくなる、次は決して離さないもの、離せないもの。








「しばらく、絶対安静です。大人しくなさっててください」

頬に掛かかっていた酸素マスクを外され、その後誰かが動く気配がしてシャット音がした後微かに差していた月光がさえぎられる。
誰なのかは声でわかった。短くない付き合いだ。
今の状況を聞きたかったが、そうできない何かもある。
口を開けば、ひゅっと声にならない乾いた音しか出なかった。
薬品の混じった消毒液のにおい、時々硬質に足音が響く廊下。
多分病院であろう事はすぐに気が付いた。
自分は多分うまくやれたのだろうし、部下達も上手くやってくれた。
では―――

頭の置く鈍く疼くように痛みが増した。麻酔が切れ始めたのか、身体の感覚が共鳴する。
そして今更ながらに気付く、左目に感覚が無い事に。
そういえば、右だけで光を捉えていた気がする。焦点も不安定なはずだ。





けれど、だからといって何だというのだろうか。
そんなものは何の代価にも相当しない。


「…今はお休みください」

必死に紡ぐ思考にを尚も続けられた声がさえぎった。
静かな中にも必死さのうかがえる彼女の声に、口の端を持ち上げて従う。
今は、何も考えたくない

知りたくない―――――












失ったものを取り戻そう







果ての無い旅をしよう

行く当ての無い道を切り開こう

泣き濡れた心を引きずって

それでも前へ進もう








引き裂かれた私達の痛みは
何を得るための代価なのか―――










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